おいしいものでできている【図書館からおすすめの一冊】
タイトルを見て「何が?」と思い表紙を開いて納得した。『世界はおいしいものでできている。シアワセもだいたいおいしいものでできている』
おいしいものの話を文字で読むことが好きだ。食欲をそそる写真で見ることも好きだが、文字で追う食べ物の話は格別に楽しい。料理人であり飲食店プロデューサーである著者が語る食べ物の話は、一品目の「幸福の月見うどん」から愛情に満ち溢れている。著者が思う世界最高の卵料理は「月見うどんの卵黄を破ってうどんをすする最初の一口」であるとか。その一口の愉悦についての表現は見事と言うほかない。『ダシの熱でほどよく温まり、微かに粘度を増しつつも部分的に冷たさを残した卵黄、そのミルキーな香りと濃厚なコクをダシの旨みが下支えし滑らかなうどんにまとわりつく…』 小説のようではあるが、月見うどんの話である。
他にも、子どもの頃父親がバターと粉チーズだけで作ってくれた「ヨーロッパ退屈スパゲティ」や、分厚いサンドイッチが主流の今、巡り巡って大好物となった「きゅうりだけの薄いサンドイッチ」の話。オムライスの話では「オムの卵は一個まで」と言う洋食屋さんの哲学を考察し、薄焼き卵に巻かれたオーセンティックオムライスの魅力を語る。ごく身近な食べ物が紹介されているのに、読後幸福感に包まれる理由を考えた時、著者にはおいしくないものはないのではないか、という疑念さえ生まれるが、旅先の外国で市場に出かけてはあらゆる食材に興奮し、スーパーマーケットではインスタント食品や冷凍食品を見て、「この国の人たちが手抜きをしてでも食べたいものは何か」と考える著者の姿から、その答えが垣間見える。
「そこに悪意が介在しない限り世の中にまずいものなんて無い」という著者は、とてつもなく食べ物への愛情が深いのだ。後半には著者のお店についての語りもあり、食いしん坊には興味がつきない一冊となっている。
加東市滝野図書館 稲田 正子
書籍情報
『おいしいものでできている』
稲田 俊輔/著
リトルモア