おいしいごはんが食べられますように【図書館からおすすめの一冊】
食べものを題材とする小説は数多い。人として決しておろそかにはできない「食べること」を丁寧に取り上げ、優しい人間関係を描いたものが多い。しかし、この小説は少し違う。読み進めるとこんな言葉が頭をよぎる ― 不穏。そして、読み終えた後には闇を感じて身ぶるいした。こんな怖い話だったのか、と。
舞台は食品のラベルパッケージ製作会社のあるオフィス。表向きは良好に見えるオフィス内の人間関係が、食べものをきっかけにざわつき始める。職場でそこそこうまくやっている主人公の二谷が言う。「おれは、おいしいものを食べるために生活を選ぶのが嫌いだ」と。食べることへの憎しみさえ感じさせる二谷に、毎日手作りの「三時のおやつ」が振る舞われる。ホールのショートケーキに桃のタルト、レモン風味のマドレーヌ、りんごのマフィン、ラズベリーのカップケーキ…。周囲からは手作りのお菓子を食べる時のマナー通りの声が聞こえる。「うまあっ」「すごっ」「あーおいしかった!」そして、二谷もそれに従う。不自然に早くなりすぎないように、味わっているように、でもおいしすぎて一気に食べちゃったようにも見えるように。おいしいなら笑顔にならなきゃいけない…こんなことを考えながら。
そんな二谷に、皆が守りたくなる存在で料理上手な芦川と、仕事ができて頑張り屋の押尾が絡みあい、ままならない人間関係が進んでいく。そして最後に二谷はあっと驚くことを口走ってしまうのだ。
優しさとは何なのか、いつも笑顔できちんと生きることだけが正しいのか、優しさや常識に息苦しさを感じることは罪なのか。読み終えてもざわつきが収まらない一冊です。
加東市滝野図書館 稲田 正子
書籍情報
『おいしいごはんが食べられますように』
高瀬 隼子/著
講談社