罪の轍(わだち)【図書館からおすすめの一冊】
東京オリンピックを翌年にひかえた昭和38年夏。
空き巣常習犯の宇野寛治は、刑務所を出所後、北海道の礼文島で昆布漁をしながら暮らしていた。母からも疎ましがられ、子どもからも「莫迦(ばか)寛治」と囃し立てられ、仕事もままならず鬱屈した毎日を送っていた。好景気にわく東京に憧れを抱き、いつか島を出てやると心に決めていた。あるとき、先輩漁師に騙され東京に出るための資金もすべて失い、身一つで命からがら礼文島から北海道本土へ小舟で渡った。空き巣を繰り返し旅費を得た寛治は、憧れの東京にやっとの思いでたどり着いた。
そのころ、荒川区南千住で資産家の老人が自宅で殺される事件が起こる。目撃証言などから、その捜査線上に北海道訛りの若い男、宇野寛治が浮かび上がる。
警視庁捜査一課の若手刑事落合は、所轄のベテラン刑事大場と組み、寛治の行方を追う。そんな折、浅草で男児誘拐事件が発生する。
この小説は、昭和38年当時、実際に起こった「吉展ちゃん誘拐事件」がモデルとなっている。犯人からの身代金要求の電話を逆探知出来なかったり、テレビで犯人の声を流したことで市民からの情報が殺到し、現場が大混乱に陥ったことなど、実在の事件の捜査ミスを踏まえて描かれている。
今年は56年ぶりに東京でオリンピックが開催される。SNSにより情報が錯綜し、何が真実なのか見極めることが難しい現代。そして、幼い命が簡単に奪われてしまうような事件が後を絶たない。時代背景は全く違うにもかかわらず、この小説の展開が現在の私たちを取り巻く現実と絶妙にシンクロし、胸に迫るものがある。これは決して過去の物語ではない。
奥田英朗の約3年ぶりの新刊。500ページを超える壮大な刑事小説でありながら、心理描写の緻密さや、圧倒的なリアリティにより一気に読み進められてしまう。読み終えたときあなたは何を思うか。「罪の轍」というタイトルに込められた悲哀を感じてほしい。
西脇市図書館 稲垣
書籍情報
「罪の轍」
奥田 英明/著
新潮社